先輩経営者からのメッセージ

東京都の先輩経営者

高城 直弥

ライフスタイル(食文化)の一部となれるような店づくり

高城 直弥 レストラン()

高城氏は高校卒業後、調理学校を経てホテルや飲食店での勤務後、世界一周旅行船でのキッチンサービスの仕事につき1年間世界各地を回りながら仕事をしたという。2008年27歳の時に世田谷で、4坪の不動産事務所だった店舗を借りはじめたのが、人気を博した繁盛店「世田谷バル」だった。

「開業前世界各地を回った時に、発展途上国と言われる非常に貧しい国にも立ち寄りました。スラム街に住んでいる若者は、夢を持てない厳しい環境にいる。それを目の当たりにしました。逆に日本で生まれ育った自分は、やろうと思ったら何でも出来る環境にあるのを感じた時にあらためて独立しようと決意しました。」そう高城氏は振り返る。

「はじめて開業した『世田谷バル』はとにかく開業資金がなかったので、限られた資金で開業できる物件を探しました。駅から徒歩10分4坪不動産事務所の物件で、内装も自分でやりました。ガスは引かずにIH調理器を使用したのも資金を抑えるためです。」工事費等コストを抑え約200万円で開業できたという。

独立開業した「世田谷バル」は住宅街にある4坪の小規模店舗ながら、大繁盛店となり、2011年2店舗目の「リゾットカレースタンド」2013年3店舗目の「アワーズファームキッチン」そして2014年に4店舗目の出店となる「かしわビストロバンバン」をオープンと順調に店舗数を伸ばしている。

「『売り手よし・買い手よし・世間よし』という近江商人の三方良しの言葉は有名ですが、私も滋賀県出身でひいお爺さんは近江商人だったと聞いています。この考え方を大切に、お客様のライフスタイル(食文化)の一部となれるような店づくりを今後もしていきたいと思っています。」そう高城氏は語る。将来的には海外への出店もしていきたいと今後も挑戦を続けて行くとのことだ。

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